税理士の妻ユミコの話。高校時代のこと。NHK杯全国放送コンテスト入賞。

2022年10月7日
Posted in コラム

税理士のイイノの妻、ユミコが書いています。

最近の私のブログが、自身の半生を振り返るような内容になりがちですが、今回も自己紹介シリーズです。

直近のお仕事関係や、大学・大学院時代のことは一部書いてきましたので、今回は高校生まで遡ってみようかと思います 笑

 

皆さんは、NHK杯全国放送コンテストというのをご存じでしょうか?

これはアナウンス部(放送部)に所属する高校生にとって、最高峰のコンテストなんです。

高校の野球部員にとっての甲子園みたいなもんです。

そのため、高校3年生の夏までは、私は受験なんてそっちのけで、全力投球を部活にしていました。

 

当時私が所属していたアナウンス部では、私も含めて純粋にアナウンス・朗読・番組制作などの放送活動に邁進していました。

ただ、実はこのNHK杯、こう説明するとよくわかってもらえるので、社会に合わせて説明すると、全国大会でTOP10以内に各部門で入ると、大体の人が、一流私大に推薦やAO(?)とかで入学できるレベルで、高校生のコンテストの中でも認められたものです。

個人情報に関わるので、あまり詳しいことは言えませんが、私が高校生だった3年間だけでも、身の回りの人で、早稲田大学や立命館大学に進んだ人もいた記憶があります。

 

ちょっとタイトルが過激ですが、最近Youtubeで人気の街録chに出ていた、元フジテレビでトクダネ!のメインアナウンサーとかをやっていた長谷川アナウンサーが、NHK杯のことを説明してくれていてわかりやすかったので、貼っておきます。

長谷川豊/退社後フジテレビ幹部の闇暴露/利権まみれの医療の闇発信も家族に●害予告…

(簡単に説明しておくと、長谷川さんは高校時代、部活を複数個立ち上げるとか、どっちかというと勉強していなかったけど、NHK杯のアナウンス部門かなんかでTOP10以内に入り、偏差値の高い大学に行って、フジテレビアナウンサーになったよという内容です。)

 

最初の方でも書きましたが、社会的にはこんな感じで認められたコンテストですが、当時の私はそんなことは全く考えておらず、放送部活動で良い仕事したい!ということばかりを考えていました 笑

 

というのも、私が所属していた放送部は、佐賀県内で実はこっそりですが、最も強い放送部だったのです!

何十回連続と佐賀県大会で総合1位を獲得してきていて、トロフィーで古い部室は埋まりまくっていました。

田川先生という名物先生がいらっしゃるのですが、先生を中心に、今考えるとかなりハードな部活動をこなしていた記憶があります 笑

今もその強さは健在の様で、母校のWebサイトをのぞいたところ、今年も全国大会に出たみたいです。

そして、今年はなんと日本一になったらしいです↓

高校時代、放送部活動に全身全霊をかけていた私としては、鳥肌が立つ、すごさです。

いま、スタバの窓際でPCに向かってブログ書いているんですが、全身にまじで震えが走りました 笑

 

最近の放送部は、男子生徒が居るのが当たり前の光景になっているのにも驚きました。

私の代で、同じクラスの男子生徒が、清和高校はじまって以来の、初男性部員でした。

全国区のアナウンサーとかは、実際社会に出てからはまだ出現していないのですが、佐賀県内の放送局の、TVやラジオアナウンサーは、時々卒業生でいらっしゃったりします。これだけ全国大会入賞が続くと、今後はキー局のアナウンサーとか出てくるのも、期待できそうですね~

 

当時を振り返ると先に記載した通り、結構ハードな部活動をしていたなと思います。確か当時も、文科系の部活の中でも、清和高校においては、吹奏楽部と放送部だけは、体育会系文化部と言われていた気がします….

 

具体的には、朝7:40から授業が始まるので、その前にまず声を出す系の朝練に30分~1時間位行き、昼休みはお昼の校内放送、夕方6限目の授業が終わると部活に行き、夜帰る頃には外は真っ暗、そのまま夜ご飯を食べて塾に行き、夜遅くに帰宅….なんか今考えるとゲロ吐きそうなスケジュールですね 笑

土日も基本は部活なのですが、平日と同じく、進学校で宿題が多く、塾にも通っていたので、何か目まぐるしい日々だったと思います。

そんなスケジュールこなしてたから、朝起きたら家の床に宿題のプリント持ったまま寝ていることが多かったんだなと今気づきました 笑

 

余談ですが、たぶんですが、私って元々ハードな生活が好きなんですね 笑

高校の時は部活と受験、大学・大学院の時は学校とベンチャーでのインターン、働き始めてからは楽天と電通デジタル(その後は、Amazonへの転職を希望していましたが、結婚して静岡….)

自らブラックな環境に飛び込み続けてはや34年という感じです….誰か、私を助けてください!!笑

 

さて、高校の時の思ひ出に戻ります。

今まで、母校の放送部が強いという話しをしてきましたが、自分はどうだったのかというと….

割と私もそれに引っ張られて、読みの部門で県大会で優勝したり、ラジオCMで県内コンテスト最優秀賞取ったりと健闘してはいました。

ですが….全身全霊をかけていたにも関わらず、何と….3年生の最も重要なNHK杯の時に、10人前後居る3年生の部員の中で、唯一、私だけ東京大会に勝ち残ることが出来なかったのです….!!!!!笑

今だから笑えるのですが、当時は絶望感に駆られていました。

 

しか~し、ここで折れないのが私だったのです。

普通の高校生ならそこで折れて学校来なくなるとかあるかもしれないのですが、めちゃくちゃ現実主義な私は、速攻で受験勉強に切り替えたのです 笑

身の程知らずだとは思うのですが、大学3年の7月 or 8月?から急に受験勉強を頑張り始めました 笑

東京大会に付き添いで連れて行くよ!と言われたのですが、そんな仲間や先生の言葉を無視して、自分勝手でごめんとは思いつつ、私は完全にその時、次の目標に切り替えたので、東京に行きすらせず、急に英語を極めだしたのです 笑

 

結果、2年半ほどC判定かD判定だった志望校に、ラスト半年で、合格しました…..

 

まぁ、急に勉強して何とかこなした訳なので、悪い面も多々あるかとは思うのですが、取り敢えず、私が部活で満たされなかった思いは、一気に受験勉強に注ぎ込まれ、何とか昇華することができたのでした。まじでよかった。これ叶わなかったら人生棒に振っていた可能性があるくらい、部活頑張ってました!笑

 

そしてこれらの経験を経て学んだこと….それは、人生には努力ではどうしようもないときがある(勉強は自分次第でどうにでもなるけど)という教訓でした。

正直なところ、私だけNHK杯で全国に行けなかった訳ですが、その代わりに全国大会に進んだのは、私の後から入ってきた後輩だったのです。そして、私の朝練を「ふん(鼻で笑う感じ)」という感じで若干馬鹿にしていた同期の方が、全然上のランキングに居ました 笑

そりゃ、一定の訓練や努力は誰しも必要だということはわかります。

ですが、読みの場合は、声質とかあるので、練習とかの技術だけでは、結局どうしようもないことがあるのだと、その時悟りました。

私は10年以上も前の話なので、未だにそんなこと言ってるのかよと思われるのは嫌なのですが…..試験で言うと、国語の現代文がセンター試験(いまでいう、大学入試共通テスト)満点を本番取ったりとか、模試とかだと何も勉強してないのに学内でTOP5とか、意味わからない感じで国語は得意でした。たぶん、センスがあったんだと思います。自分で言うのも何なんですけど。

でも、NHK杯では、上に行けなかった….それはやっぱり、声だと思うんです。読みのセンスがなかったんだと思うんです。

読み方というのは、未だに全国大会優勝しつづけてる部活の先生が教えてくれますから….

 

ま~そんなこんなで、勝てる土壌がある場所で最大限努力するってことの重要性を、身をもって高校生の時に学んだのは、よいことだったのかな…と今では思います。そして、目標の切り替えと全集中が得意になったのも、この経験があったからかもしれません。目標達成意欲が高くなったのもこのお陰かも….自分だけ全国大会進出できなかったトラウマを打ち消すかのごとく述べていますが、本当に良い経験であったことは、間違いないかと思います!笑

 

全身全霊をかけて自分のためだけに何かを行うということは、大人になった今は難しいのかなとは思いますが、やはり、目標をもって常に何かに立ち向かうという生活は、私には合っているのかなという気がします。

昔と違うのは、自分を同時に疲れから回復させたり、健康を意識できるようになったことでしょうか。

また今日からも、日々の自身の目標に向けて、頑張っていかなきゃな!と、自身に喝を入れるきっかけとなるブログになりました。

 

お読みいただき、ありがとうございました!

 

飯野 悠美子

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